月の光の如く流る。
虫よ知るや、其処の椅子に、
詩人木下杢太郎博士
十日前に来て掛け給ひしを。
りん、りん、りんと鈴虫の声、
更けていよいよ冴え渡る。
また知るや虫よ、其の※[#濁点付き片仮名ヱ、1−7−84]ランダは
火曜日ごとに若き女達きて
我れと共に歌ふ所なるを。
りん、りん、りんと鈴虫の声、
書斎に入りて我れを繞る。
我れは猶筆を捨てず、
よきかな、我が思ひと我が言葉
今は鈴虫の韻に乗る。
庭の一隅
同じ囲ひのうちに
鶏のむれ、鵞鳥のむれ、
すでに食み終りて
猶も餌を待てり。
餌の無きにあらず、
彼等の目の見難きなり。
見よ、同じ囲ひのうちに
雀の下《お》りて食めるを。
猶よく見よ、餌を運ぶ蟻は
今正に収穫の農繁期なり。
[#改ページ]
昭和七年
〔無題〕
飢ゑたひよ鳥も食べぬ
にがい、にがい枳殻《からたち》の実、
飢饉地の子供が其れを食べる。
わたしの今日此頃の心も
人知れず枳殻の実を食べる。
〔無題〕
唯一つ、空《そら》に
さし出した手は寂しい。
しかし、待て、
皆が、皆が、一斉に
手を伸ばす日は来ぬか。
〔無題〕
わたしは
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