清い浜べとまるい丘。
常にわたしは馳せとほる、
いばら、からたち、岩のなか。
   ×
三分《さんぶ》ばかりの朱をば擦る、
枇杷の葉ほどの小硯に、
指の染むのも嫌はずに。
朱は擦るたびに低くなる、
地平の末の日のやうに。
   ×
落葉が揺れる、
蜘蛛の巣にひと葉、
鉢の水にひと葉。
空ゆく月は笑つてる、
見よ、美くしいあの白歯。
   ×
戸のすきまより、寒き月、
三尺の長さなる
しら刄を内に送る。
我れはこの時、
退屈を二つに斬る。
   ×
今なり、
心にある深山《みやま》の川、
寒き月きたり照すは。
我れは独り歩めり、
凍らんとするそのみぎは。
   ×
手ごたへを聴かぬ限り
おろす、おろす、おろす――錨
その末に――音――かちと、
今われの自《みづか》らに触れたるなり、
聴くことの楽しさよ、独り――かちと。
   ×
わたしを痛く刺したれど、
秋まで残る蚊のこころ、
秋に堪へても生きたかろ。
世にあることは唯だ一度、
刹那の後《のち》は虚無の白。
   ×
みぞれ降る日に開け放ち、
黒き小机、
生けたるは茶の花ひと枝《え》。
あるじなほ縁に立ち、
鋏刀《はさみ》あり、円座
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