さわげるも
よそに聴く安き伏屋《ふせや》よ
めざむれば海は和《な》ぎたり
はしきやし美くし妻《づま》の
昨夜《よべ》磯に得たる刺櫛
床に敷き寝《い》ねてし夢ぞ
上※[#「くさかんむり/(月+曷)」、第3水準1−91−26]や星や竜神
めづらかに尊かりしな
あな愚《うつ》け此櫛こそは
昨《きそ》の朝七日七夜を
御方《おんかた》の御裳《みも》の端だに
得ばやとて相摸七浦
上総《かづさ》潟長柄《かたながら》の辺《へ》にも
寄らずやと尋ねわびたる
纒向《まきむく》の日代《ひしろ》の宮の
御舎人《みとねり》が詞《ことば》の御櫛《みくし》
さらば妻帆岡の方《かた》に
御軍《みいくさ》の跡を追はまし
[#改ページ]
明治三十八年
〔無題〕
あさはかにものいふ君よ、
うまびとは耳もて聴かず、
いとふかき心に聴きぬ。
世はみな君をあざむとも、
とまれ、千とせのいちにんに
うなづかれまくものはのたまへ。
恋ふるとて
恋ふるとて君にはよりぬ、
君はしも恋は知らずも、
恋をただ歌はむすべに
こころ燃え、すがた※[#「やまいだれ+瞿」、第3水準1−88−62]せつる。
いかが語らむ
いかが語らむ、おもふこと、
そはいと長きこゝろなれ、
いま相むかふひとときに
つくしがたなき心なれ。
わが世のかぎり思ふとも、
われさへ知るは難からし、
君はた君がいのちをも
かけて知らむと願はずや。
夢のまどひか、よろこびか、
狂ひごこちか、はた※[#「執/れっか」、9巻−322−上−1]か、
なべて詞に云ひがたし、
心ただ知れ、ふかき心に。
皷いだけば
皷いだけば、うらわかき
姉のこゑこそうかびくれ、
袿《うちぎ》かづけば、華やぎし
姉のおもこそにほひくれ、
桜がなかに簾《すだれ》して
宇治の河見るたかどのに、
姉とやどれる春の夜の
まばゆかりしを忘れめや、
もとより君は、ことばらに
うまれ給へば、十四まで、
父のなさけを身に知らず、
家に帰れる五つとせも
わが家ながら心おき、
さては穂に出ぬ初恋や
したに焦るる胸秘めて
おもはぬかたの人に添ひ、
泣く音をだにも憚れば
あえかの人はほほゑみて
うらはかなげにものいひぬ、
あゝさは夢か、短命の
二十八にてみまかりし
姉をしのべば、更にまた
そのすくせこそ泣かれぬれ。
しら玉の
しら玉の清らに透る
うるはしきすがたを見れば、
せきあへず涙わしりぬ、
しら玉は常ににほひて
ほこりかに世にもあるかな。
人のなかなるしら玉の
をとめ心は、わりなくも、
ひとりの君に染みてより、
命みじかき、いともろき
よろこびにしもまかせはてぬる。
冥府のくら戸は
よみのくら戸はひらかれて
恋びとよよといだきよれ、
かの天《あめ》に住む八百星《やほぼし》は
かたみに目路《めぢ》をなげかはせ、
土にかくれし石屑は
皆よりあひて玉と凝れ、
わが胸こがす恋の息
今つく熱きひと息に。
ほそまゆ
(絶句九章)
[#ここから行の折り返しの字下げなし]
つづみうち扇とりては、みづいろの袖ふる京の人形を、おもしとわびぬ。円山や、雪見る家をたづねきて、扶けおろすと同車の人の。
よしのがは、下市《しもいち》ゆくと橋こえず、かなたはるかに上市《かみいち》の、川ぞひ家並《やなみ》絵とかすむ、車峠の大坂や、車にちりぬ、山ざくら花。
いかだしは歌うてくだる川ぎしの、濃花《こばな》つつじとしら藤と、山吹わけて阿伽くむに、よべ夢みたる黒髪を、うつさぬ水のただにうらめし。
うつくしき君が御歌を画といはば、このみますなる御画題の、われのすがたは舞すがた、ふり袖きせて花櫛を添へたまふこそ今はをかしき。
髪すけば、君すむかたの山あをくわれに笑む日か、さくらさく君があたりの朝の雲、きて春雨とわが髪に油のごとくそそぐらむ日か。
われぞ病む、愛憎度なきおん神のしもべとなのるわかうどの、祝詞《のりと》か咒詛か、ほそごゑのふしをかしきを戸にききて、うしろ姿を見たるものゆゑ。
ききたまへ、扇に似たる前髪にふさふとあへて云ふならば、われは后《きさい》のおん料の牡丹もきらむ、おほきみの花もぬすまむ。食まじ、木《こ》の果《み》は。
細眉や、こき前髪や、まろき頬や、姉によう似る我なれば、春ひねもすを小机の、はしに肘して人おもふ御病《みやまひ》さへも得つと申さむ。
おん髪はむすばず結はず、土に曳き尋《ひろ》する藤を挿してゆけ、かぐろの髪と紫と大路に浪をなさむ時、みやこをとめはさうぐるひ、千人《ちたり》にわけて与へよと、おん跡おはむそのなかに、われもまじりて西鶴の経師《きやうじ》が妻のふりに似る、よき人得よと祝ぎて帰らむ。
[#ここで行の折り返しの字下げなし終わり]
[#改ページ]
明治四十年
前へ
次へ
全29ページ中3ページ目
小説の先頭へ
文字数選び直し
与謝野 晶子 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ
登録
ご利用方法
ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング