ゐ
真玉に似たる
涙のおもて
ぬぐはんいざ君
朱《あけ》の袖口
われも少女《をとめ》
日はいつ六日《むいか》
理想《おもひ》わかき子
葬り終んぬ
霧ふかき京の山
あゝ恨み
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明治三十四年
きのふ
平調の琴柱《ことぢ》のくばり
月うすき今宵の春の
おもひにあはず歌のりかぬる
神こよひ人恋ひそめし
子の指にふれて立つ音と
ゑみかたぶけて聴きますらむか
手はすががき琴よ忘るな
海棠の紅《べに》をしぼりて
のらぬこの歌絹に染めおかむ
まぼろし
ともしび危し
河風おほはむ
紫の袖
そがひを許せ暫し
ともし火ようなし
鬢いとへとや
君その小指《をゆび》
かりに労をとれな
あな消えぬともし火
君いづこ
またも風
ちらば恨みむ情《なさけ》の歌
御手か君ゆるせ
あつきは何とや
わかき唇
君われ切《せつ》な
わが魂《たま》あな君
変化《へんげ》今
奪ひ去《い》なんぞ
ともし火よばむ
河づらの宿
朝がすみ
欄により
人もの云はぬ朝あけ
大ひえの山
すそ紫なり
岡崎の里
霜のあした
ゆきし三人《みたり》
あゝいつの秋
君を兄とよびて
紅葉かざせし二人
やゝひくかりき
合がさのひと
黒谷の坂
石おほきみち
何れにかさむ手と
まどひしは誰れ
うさぎに見とれし
わかきまなざし
忘れず牧塲《まきば》かど
君歌ありき
おもへばその時
恋をもかたりぬ
あゝ罪しらんや
をさなかりし
はらからのおもひ
それなりき
そのひとも
今とてあゝ神
住の江の浦
蝶のむくろそへて
わすれ草つみぬ
ちさきその人
すゝめしは何
秋赤き花
いのると泣きぬ
わがおもはるゝ恋
涙なからんや
われ少女《をとめ》なり
歌なからんや
西の京の山
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明治三十五年
宵寝
盗人に宵寝の春を怨じけり
盗人に雛を誇る寝顔かな
雛の灯に盗人を追ふ夜半の春
戸まで具して雛を捨てし盗人か
雛の句は袂ながらに盗まれし
盗まれし紫繻子や節句の帯
つみびと
わかきをよびてつみ人と
君よび給ふつみ人が
五つのゆびはふるる緒に
ものゝ音《ね》をひくちからあり
とけては朝のみづうみに
むらさきながすわが髪や
みだれてもゆるくちびるは
ここにまた見る花のいろ
君よ火かげにすかし見よ
君がぬかづく神いづこ
寺に古りたるしらかべの
声なき畫《ゑ》とは何れぞや
かくもいみじきつみ人の
ふるさとこそは君しるや
はたまた美《よき》をつみ人と
名づくる国へつれこしや誰
ひとぢ琴
もとより琴の緒にしあれど
うらみにひくき音もこもり
のろひにたかきおともせむ
ほそ緒しら木のひと柱《ぢ》琴
君ふれ給ふことなかれ
もとより恋の琴なれば
はだやはらかういだかれて
きくべき胸のささやきを
あこがるるともしたふとも
あゝ君ふるることなかれ
ひと緒の琴のわが恋は
ひとりの人にふれてより
やむよしもなき音《ね》は高う
恋にうらみにある時は
人をのろひにやすきひまなき
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明治三十六年
玉の小櫛
一
竜神うろくづ海のつかひ女《め》
肩さし手さし供奉《ぐぶ》しまつるは
管《すが》だたみ八つ皮だたみ八つ
数へおよばぬ帛《きぬ》うはだたみ
三重《みへ》の御輿《みこし》に花とこぼれて
赤《あけ》の御袴《みはかま》ましら大御衣《おほみぞ》
おん正身《さうじみ》のみじろぐたびに
小波わきて飾る黒髪
潮《うしほ》の音《ね》こそ四方《よも》には通へ
前《さき》追ふ魚が頭頭《かしらかしら》の
瑠璃の燭《ひ》を吹く風も有らねば
水晶に描《か》く是れや蒔絵か
大わだつみの底の御啓《いでまし》
時に金色《こんじき》上より曳きて
清《すゞ》しきひゞき最《いと》も※[#「王+倉」、9巻−318−下−7]々《さや/\》
星の七つぞ深く落ちくる
『美はしきもの悉《こと/″\》ねたむ
いまし竜神おそれ思はず
やまと美童《をぐな》の大皇子《おほみこ》奪《と》ると
相摸の海や走水《はしりみづ》の海
巨浪《おほなみ》ゆすりて詭計《たばか》りけりな
犠牲《にへ》に汝《な》が獲し弟橘《おとたちばな》は
光環《ひかりわ》かざす天《あめ》の幸姫《さちひめ》
清らの恋のいきみすだまよ
星の御座《みくら》へいざ疾く具せむ』
天《あめ》の使に御手《みて》とられまし
いま上げませるおん容顔《かんばせ》や
『相摸の小野《をぬ》に燃ゆる凶火《まがび》の
火中《ほなか》に立ちて問ひし君はも』
とぞ御涙《おんなみだ》この界《よ》に一つ
※[#「執/れっか」、9巻−319−上−8]く落ちぬと落ちぬと見しは
あなや刺櫛珠の刺櫛
櫛に尾を曳き星は昇りて
二
天ざかる鄙の上総に
藻をかづき勇魚《いさな》とる男《を》は
天がした今
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