かん。
[#改ページ]
昭和三年
〔無題〕
障害物を越ゆる
騎馬の人の写真より、
我目は青磁の皿なる
レモンの黄に移り行き、
ふと、次の間《ま》の
鳩の時計の呼ぶに、
やがて心は
碓氷の峰の頂《いただき》
冬枯の落葉松《からまつ》に眺め入り、
浅間より浮び来る
白き雲に乗りつつ、
高く高く遊ぶ。
〔無題〕
飛べ、けはしきを、風の空、
吹け、はげしきを、火の喇叭《らつぱ》、
摘め、かをれるを、赤い薔薇、
漕げ、逆巻《さかま》くを、千波万波、
君が愛、音楽、詩の力。
[#改ページ]
昭和四年
小鳥の巣
見上げたる高き木間《このま》に
胸ひかる小鳥のつがひ、
もろともに啣《くは》へて帰る
一すぢの細き藁屑、
まめやかに、いぢらしきかな、
日のあたる南に向きて、
こもりたる青葉の蔭に、
巣を作る頬白《ほほじろ》のわざ。
春の日は若き雌《め》と雄《を》と
花の木に枝うつりして、
霜と雨、風をも凌ぎ、
歌ひけん、岡より岡へ。
初夏の小鳥のこころ
今は唯だ生むを楽み、
雛のため、高き木間に
巣を作る頬白のわざ。
旅中
小蒸汽の艫《とも》、
ここに立ちて
後ろを見れば、
過ぎ去る、
過ぎ去る、
逃げるやうに過ぎ去る
わたしの小蒸汽。
後ろに長く引くのは、
板硝子のやうな航跡、
その両側に
船底から食《は》み出した浪が
糊を附けて硬《こは》ばつた
藍色の布の
襞と皺とを盛り上げる。
ぱつと白く、
そのなかに、遠ざかる
港の桟橋を隠して、
レエスの網を跳ね上げる飛沫《しぶき》。
また突然に沢山のS《エス》の字が
言葉のやうに呟いて
やがて消えゆく泡。
陸から、人から、
貧乏から、筆から、
わたしの平生から、
ああ、かうして離れるのは好い。
過ぎ去る、
過ぎ去る、
わたしの小蒸汽。
瞼
まぶたよ、
何と云ふ自在な鎧窓だ。
おかげで、わたしは
じつと内を観る。
唯だ気の毒なのは、折々
涙の雨で濡れることである。
[#改ページ]
昭和五年
少女子《をとめご》の花
(卒業生を送る歌)
教へ子のわが少女《をとめ》たち、
この花をいざ受けたまへ。
君たちのめでたき門出、
よき此日、うれしき此日、
そのはじめ皆をさなくて
ほの紅き蕾と見しも、
いつしかとわが少女たち
この花にいとこそ似たれ。
似たまふは姿
前へ
次へ
全58ページ中38ページ目
小説の先頭へ
文字数選び直し
与謝野 晶子 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ
登録
ご利用方法
ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング