あだし人のそを罵るも正直に罵るなれば亦美くし。
〔無題〕
彩色硝子の高き窓を半ひらき、
引きしぼりたる印度更紗の窓紗の下に
下町の煙突の煤煙を見下しつつ、
小やかな軽き朝飯のあとに若き貴女の弾くピヤノの一曲、
東京の二月の空は曇れども、
若き貴女の心に緑さす
明るき若葉の夏の色、恋の色生の色。
〔無題〕
たそがれに似るうす明り、
二月の庭の木を透きて、
赤むらさきのびろうどの
異国模様に触れるとき。
たそがれに似るうす明り、
赤むらさきのびろうどの
窓掛に凭《もた》るわが肌を
夢となりつゝ繞《めぐ》るとき。
たそがれに似るうす明り、
朝湯あがりの身を斜《はす》に、
軽く項を抱きかゝへ、
つく/″\人の恋しさよ。
〔無題〕
昨日も今日も啼き渋る
若い気だてのうぐひす。
一こゑ渋るも恋のため、
二こゑ渋るも…………
おゝ、わたしに似たうぐひす。
〔無題〕
東京の正月の或日、
うれしくも恋しき人の手紙着けり。
「今わが船の行くは北緯一度の海、
白金《プラチナ》色の月死せる如く頭の真上に懸り、
甲板に立てる人皆|陰影《かげ》を曳かず。」
「印度洋の一千九百十一年
十二月二日の日の出の珍しさよ、美くしさよ。
輝紅《ピンク》の濡れ色に
鮮かな橄欖青を混へし珍しさよ、美くしさよ。」
「二十の旋風器《フアン》は廻れども、
食堂のあひも変らぬむし暑さ。
今宵も青玉色《エメラルド》の長い裾を曳く
英吉利西婦人のミセス、ロオズが
人の目を惹く話しぶり。
それに流れ渡りの一人もの
素性の知れぬ諾威人が気を取られ、
果物マンゴスチインを下手に割れば
指もナフキンも紅く染む。」
かかることを数多書きて、
若やかに跳れる旅人の心うらやまし。
寒きかな、寒きかな、東京は
霙となりて今日も暮れゆく。
〔無題〕
旅順の港に
堅い防波堤を築くなら、
せつかく凍らぬ港でも
潮が動かないで凍りませう。
君とわたしもそのとほり、
夫婦の頑固な築石《つきいし》とならずに
いつまでも恋する仲で居ませうよ。
たとへば沖つ浪きらく気ままに遊ぶやうに。
〔無題〕
正月元日、
鏡餅の傍に寒牡丹一つ開き、
子供等みな健やかに、
良人《をつと》の留守|護《も》る我家は清し。
東京よりも寒しと云ふ巴里の正月は如何に。
歳の暮君は其処に着き給ひしならん、
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