私達は旅人と云ふよりも家族的と云ふべき親しさを此家に感じるのでした。爐の榾火《ほだび》の周圍には蠑螺が幾つも灰の中に立てられて、蓋《ふた》を取つた所へ味噌を載せたままぐつ[#「ぐつ」に丸傍点]、ぐつ[#「ぐつ」に丸傍点]と煮えてゐる香りが、妙に一行の男達の食欲をそそりました。
 區長さんと云つて敬稱されてゐる田中氏が逢ひに來られたので、土産物の分配をその田中氏に頼みました。それから區長さんの案内で初島神社に參り、神社から一段上の地にある小學校を觀ました。小學の一方の崖下に山の井があつて清水が湧いて居ました。この水を汲みに來ることが島の女達の朝晩の一つの爲事です。井《ゐど》の上には椿の木立が一杯に花を著けて居て、水に浮いてゐる落椿もありました。この光景を見て、詩的な、いろいろの想像が私達の心に上りました。
 その井の背後の路を登つて山上の平野に出ました。麥生と野菜畑と、さうして其れを圍む畔《あぜ》の木立は大抵椿です。椿の下には島の名物である背の高い水仙の花が叢を成して咲いて居ます。北岸と違つて山上は日當りが好いので、どの椿も眞盛りです。美くしく落椿が路を埋めてゐるのを見ると、それを踏むに
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