見舞に来る人は皆其処で帽や外套や被布《こおと》やを脱ぐ。其人達がわたしの前に現れる時は凡て掩ひを取去つた人達である。羽織袴の立派なのを改まつて著けてゐる人は少い。大抵は常著《ふだんぎ》の人である。裸体で這入つて来るのと格別相違の無い人達である。見舞の言葉もくどくどと述べる人は無い。何れも「奥さん、どうですか」位のことを云つて、後は帝国劇場の噂とか、新刊小説の評判とかを少時《しばらく》して帰つて行く。わたしは其人達の他人行儀の無い、打解けた友情の温く濃かなのが嬉しい。
 と云つて其人達はお互の交際範囲でばかり生きてゐる人で無い。芸術ばかりで生きて居られる時代に住んでゐる人でも無い。次の副室に退くや否や、或人は大学帽を被り、或人は獺の毛皮を襟に附けた外套を被り、或人は弁護士試験に応じる準備の筆記を入れた包を小脇に挟んで帰る。一歩この病院の門を出ればもう普通の人に混じて路を行くのである。わたしは見送に出られる身で無いけれど、わたしの友達が其れぞれ何う云ふ掩ひ物に身を鎧うて此病院の門から世間へ現れ「仮面」の生活を続けて行くかと云ふ事は大抵想像が附く。どうせ軍人にならない人達だから祖国で重宝がら
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