るいいことを見たと云ふやうにその時は思ひました。下駄を藁草履《わらざうり》に穿《は》き変へて、山へと云つて伴はれた時は、天へ上《のぼ》るやうな気分になつて居ました。
「此処《ここ》から上つて頂くのです。」
 かう金右衛門さんに云はれました時、私はその絶壁のやうな山を、どんなに驚いた目で見上げたでせう。何かの木のやゝ細い幹を持つて伝ひ歩きをするやうにして人々は上りました。私などは一番|後《あと》だつたのでせう、傍《そば》にはお菊さんとお政さんが居ました。二三|間《げん》上ると松葉を上に被《かぶ》つた松茸が一本苔から出て居ました。
「あつ。」
と云つたのは三人|一所《いつしよ》でしたが、
「さあおとりやす。」
と譲つてくれましたのが、私にはもの足りませんでした。そのうちもう私は私、お政さんはお政さんと、いくらでも松茸の取ることの出来る所へ来ました。山の外側から内側の窪んだ所へ入つたのでせう。従兄の声や番頭の声がとんきやうに渓々《たに/\》から聞えて来ました。物を云つて山響《やまびこ》の答へるのを聞くのも面白く思はれました。松茸は取つても取つてもあるのですもの、嬉しさは何とも云ひやうがありま
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