《うち》へ買はれて来た物でないと認めるのが当然だと思ひます。で袢纏の絹縮は其《その》頃から二十年位前に織られて染められて呉服屋の店へ出されたものであらうと今から思へば思はれます。私はこの袢纏を二冬程《ふたふゆほど》着て居たやうに思ひます。私はこの時分程同級生にいぢめられたことはありません。私が鳳《ほう》と云ふ姓なものですから、
「鳳さんほほづき。」
「鳳さんほうらく。」
 私をめぐつて起る声はこの嘲罵より外《ほか》にありませんでした。
「鳳さんほほづき、ほう十郎、ほらほつたがほうほ。」
 塀の上や木の枝の上から私に浴びせかけて、かう云ふのは男の同級生でした。私が学校の黒い大門を入りますと、もう半町程向うにある石段の辺《あた》りではほほづき、ほうらくの姦《かしま》しい叫びが起るのでしたから、私がこの悲い目に逢ふのも、一つは茶色のかうした目立つた厭な色の袢纏を着て居るからであると、朝毎《あさごと》に思はないでは居られませんでした。私は手織縞《ておりじま》の袢纏を着た友達を羨んで居ました。けれど私は絹縮の袢纏がぼろぼろに破れてしまひますまで、そんな話は母にしませんでした。私の母は店の商売の方
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