》原告を宥《なだ》めるのに有効なために私へお云ひになつただけでしたから、私自身は罰らしい苦しい気持でお受けしませんでした。私はそのために一層柴田さんに済まない気がしたのでしたから、時間後に更に詫《あやま》らうとしました。
「堪忍《かに》して上げない。」
と柴田は云ふのですから私は仕方がないとそんな場合には思はなければなりませんのに、要のない努力をして心を貫かうとしました。
「ほんなら私の云ふこと聞きまつか。」
「聞きます。何んでも。」
かう云ひながらも私は限りない不安を感じて居ました。
「あんた毎日おやつを貰ふでせう、お菓子やなんぞ。」
「はあ。」
「それを残して置いてその翌日《あくるひ》学校へ持つて来て私に頂戴《ちやうだい》。毎日よ。」
「はあ。」
私はよくも考へずに認諾を与へてしまひました。
私はその日からおやつを半分より食べられないことになりました。半紙で小く包んで翌朝学校へ持つて行つて柴田に渡しました時、その人はどんなに喜んだか知れません。私は半月程の後《あと》にもう義務は済んだかと思ひますので、
「もう堪忍《かに》して下さつて。」
と問ひました。
「もうお菓子を持つて来るのが厭《いや》なんだつか。」
柴田は恐い顔をした。
「厭と云ふのぢやありませんけれど。」
「鳳さん、私が先生に云ふたらあんた困ることがありますよ。」
「何です。」
「あんた学校へお菓子を持つて来ていゝのだすか。あんたはそないに悪いことしてなはるやないか。」
私は貢物のやうにして毎日柴田の手へ運んで居る物は、学校で厳禁されて居るものであると云ふことを此《この》時まで気附かずに居たのでせう。どんなに柴田のこの脅迫は私を苦しめたものであつたか知れません。私はものもよう云はずにじつと相手の顔を眺めて居ました。
「悪いことしてなはるのやろ。先生に知れたらどないなことになるか知つてますか。」
私は泣き出しました。そしたら柴田は背《せな》を撫でました。
「泣かんでもええわ。私云へへんわ。あんたさへもつと何時《いつ》迄もお菓子をくれたなら。」
「また学校へ持つて来るのですか。」
私は呆れながら云ひました。
「かうしますわ、これから私が毎日あんたの家《うち》へ貰ひに行くわ。三時半頃にきつと拵《こしら》へておいとくなはれ。」
「さう、そんならよろしいわ。」
私はまたうまうまとこんな約束をさせら
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