上に置いてあつた羽蒲団を取らうとすると、マリイの汚れたタブレイの隠袋の中で鍵がぢやらぢやらと鳴つた。
『可愛さうね。』
男の傍へ来て女が云つた。
『キキの奥さんはもうこの間から散歩に出て居ますよ。』
『盛んな奥さんだね。』
男は苦い顔をして云つた。マリイは声を立てて笑つた。開いた戸口から河合が長い顔を出した。
『やあ、入りたまへ。』
おかみさんがマリイを呼び立てる声が下でする。
『奴隷のやうに私《わたし》を思つてる。』
つぶやきながらマリイは出て行つた。箒も雑巾もそのまま持つて行つた。
『奥さん、この間は失敬しました。』
河合は怠さうな身体を長椅子に置いた。
『私《わたし》こそ。』
女はにこやかに云つて寝台の端に腰を掛けた。床から五六寸離れた白い足袋の先に西の窓から来る日影が落ちた。
『細君が怒つて居ないかつて山口も心配して居るんだぜ。』
河合は横にあるロバンの箱をいぢつて居る。
『さうかい馬鹿だね。』
『気の弱い方ね。』
『僕だつて心配しましたよ。』
河合は頤を下につけて正目に女を見て云つた。
『あの前から頭痛がして居て自分でも早く帰りたかつたのださうだよ。』
『ぢや
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