ば夫婦親子は勿論、我子の嫁とも一切の他人とも愛し得られるものであろうと私は思っている。既に新しい妻である私は他日こういう思想の上に立って新しい姑ともなるつもりである。しかし我子夫婦に対するこういう意味の生活は最早母と子、姑と嫁という関係でなくて、年齢の違った一種特別の親友という関係に近いであろう。親友の間には威圧も、屈従も、僻みも、排擠《はいせい》もない。そして世には思想の合った親友も相反した親友もあり得る。また快濶な競争の上に成立つ親友もあり得る。私は命の限り、はた天分の尽きない限り、他人とするように我子夫婦とも愛と誠実と思想との快濶な競争を続けたいと考えている。(一九一五年八月)
[#下げて、地より1字あきで](『太陽』一九一五年九月)
底本:「与謝野晶子評論集」岩波文庫、岩波書店
1985(昭和60)年8月16日初版発行
1994(平成6年)年6月6日10刷発行
底本の親本:「人及び女として」天弦堂書房
1916(大正5)年4月初版発行
入力:Nana ohbe
校正:門田裕志
2002年1月10日公開
2003年5月18日修正
青空文庫ファイル:
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