師とこまやかな話をしているうちに中将は、
「小野へ寄って来たがね、身にしむ思いを味わわせられた。出家したあとまであれだけ高雅な趣味のある生活のできる人は少ないだろうね」
 こんなことを言い、続いて、
「風が御簾《みす》を吹き上げた時に、髪の長い美しい人を見た。あらわになったと気のついたように立って行ったが、後ろ姿が平凡な人とは見えなかった。ああした所に若い貴女などは置いていいものでないね。明け暮れ見る人といっては坊様だけだから、のぞく者がないかと使う神経が弛緩《ちかん》してしまうからね、気の毒だよ」
 こんな話をした。
「この春|初瀬《はせ》へ詣《まい》って不思議な縁でおつれになった若いお嬢さんだということです」
 禅師は自身の携わった事件でなく知るはずもなかったから細かには言わない。
「かわいそうな人なのだね、どんな家の人だろう。世の中が悲しくなったればこそそうした寺へ来て隠れていたのだろうからね。昔の小説の中のことのようだ」
 と中将は言った。
 翌日山からの帰途にもまた、
「通り過ぎることができぬ気になって」
 こんなことを言って小野の家へ立ち寄った。ここでは迎えることを期してい
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