では思うようになって、くわしいことは家の人々にも知らせないように努めていた。
尼君の昔の婿は現在では中将になっていた。弟の禅師が僧都の弟子になって山にこもっているのを訪《たず》ねに兄たちはよく寺へ上った。横川《よかわ》へ行く道にあたっているために中将はときどき小野の尼君を訪ねに寄った。前払《さきばら》いの声が聞こえ、品のよい男が門をはいって来るのを、家からながめて浮舟の姫君は、いつでも目だたぬふうにしてあの宇治の山荘へ来た薫《かおる》の幻影をさやかに見た。心細い家ではあるが住みなれた人は満足して、きれいにあたりが作ってあって、垣《かき》に植えた撫子《なでしこ》も形よく、女郎花《おみなえし》、桔梗《ききょう》などの咲きそめた植え込みの庭へいろいろの狩衣《かりぎぬ》姿をした若い男たちが付き添い、中将も同じ装束ではいって来たのであった。
南向きの座敷へ席が設けられたのでそこへすわり、沈んだふうを見せてその辺を見まわしていた。年は二十七、八で、整った男盛りと見え、あさはかでなく見せたい様子を作っていた。尼君は隣室の襖子《からかみ》の口へまで来て対談した。少し泣いたあとで、
「過ぎた月日の長
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