あまり人のいない時で、親しくお話ができるのであった。
「ずっと引っ込みました山里に、以前から愛していた人を置いてございましたのを、人から何かと言われましたが、前生の因縁でこの人が好きになったのだ、だれも心の惹《ひ》かれる相手というものはそうした約束事になっているのだからと、非難を恐れもしませんでしたが、亡《な》くしてしまいまして、これも悲しい名のついた所のせいであろうと、土地に好意が持たれなくなりましてからは久しく出かけることもいたしませんでしたが、ひさびさ先日ほかの用もあってまいりまして、この家《うち》は人生のはかなさをいろいろにして私へ思い知らせ、仏道へ深く私を導こうとされる聖《ひじり》が私のためにことさらこしらえておかれた場所であったと気がついて帰りました」
薫のこの言葉から中宮は僧都《そうず》の話をお思い出しになり、かわいそうに思召《おぼしめ》して、
「そのお家《うち》には目に見えぬこわいものが住んでいるのではありませんか。どんなふうでその方は亡くなりましたか」
とお尋ねになったのを、二人までも恋人の死んだことを知っておいでになって、幽鬼のせいと思召してのお言葉であろうと大将は解釈した。
「そんなこともございましょう。そうした人けのまれな所には必ず悪いものが来て住みつきますから。それに亡くなりようも普通ではございませんでした」
薫はくわしく申し上げることはしなかった。こうして隠そうとしている話に触れてゆくのはよろしくないし、事実を自分に知られたと思うのはいたましいと思召されて、兵部卿の宮が憂悶《ゆうもん》しておいでになり、そのころ病気にもおなりになったこともお思いになっては、宮の心情も哀れにお思われになり、いずれにしても口の出されぬ人のことであるとして、話そうとあそばしたこともおやめになった。中宮は小宰相にそっと、
「大将があの人のことを今も恋しいふうに話したからかわいそうで、私はあの話をしてしまうところだったけれど、確かにそれときめても言えないことでもあったから、気がひけて言うことができなかった。あなたは僧都にいろいろ質問もして聞いていたのだから、恥に感じさせるようなことは言わずに、こんなことがあったとほかの話のついでに僧都の言ったことを話してあげなさいね」
とお言いになった。
「宮様でさえお言いにくく思召すことを他人の私がそれをお話し申し上げます
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