せきあへず
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 というのでした。口にはあまりお出しにならない方ですが、御様子でお悲しいことがよくうかがえるのです。女だったらどんなに心が惹《ひ》かれるかしれない方だと思われました。私は少年時代から優雅な方だと心に沁《し》んで思われた方ですからね、現代の第一の権家はどこであっても、私はそのほうへ行きたくありませんで、大将の御|庇護《ひご》にあずかるのを幸福に感じて今日まで来ました」
 この話を聞いていて、高い見識を備えたというのでもないこうした人さえ薫《かおる》のすぐれたところは見知っているのであると浮舟は思った。
「それでも、光源氏と初めはお言われになったお父様の六条院の御容姿にはかなうまいと思うがねえ。まあ何にもせよ現在の世の中でほめたたえられる方というのは六条院の御子孫に限られてますね。まず左大臣」
「そうです。御容貌がりっぱでおきれいで、いかにも重臣らしい貫禄《かんろく》がおありになりますよ。兵部卿《ひょうぶきょう》の宮は御美貌の点では最優秀な方だと思えますね。女だったら私もあの方の女房になる望みを持つことでしょう」
 などと今の世間を多く知らぬ叔母《おば》を教えようとするように紀伊守《きいのかみ》は言い続けた。浮舟の姫君はおかしくも聞き、身にしむ節《ふし》のあるのも覚え、語られた貴人たちも仮作の人物のような気がし、しまいには自身までも小説の中の一人ではないかと思われるのであった。宇治の話によって大将が今も自分の死をいたんでいることを知り、悲しみのわく心にはまた、まして母はどれほど思い乱れていることであろうと推理して想像することもできたが、かえって哀れな尼になっている自分の姿を見せては悲しみを増させることとなろうと思った。
 紀伊守から頼まれた女装束に使う材料を尼君が手もとで染めさせたりなどしているのを見ては不思議なことにあうように浮舟は思われるのであるが、自身がその人であったなどとは言いだせなかった。
 裁縫《たちぬい》をしていた女房の一人が、
「これはいかがでございますか。あなた様はきれいに端がお縒《よ》れになりますから」
 と言って小袿《こうちぎ》につける単衣《ひとえ》の生地を持って来た時、悲しいような気になった姫君は、気分が悪いからと言って手にも触れずに横になってしまった。尼君は急ぎの仕事も打ちやって、どんなふうに身体《からだ
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