ちらからだってお手紙をお送りになればいいのにね」
 と、宮は仰せられた。
「そちらからは出過ぎたように思われておできにならないのでしょう。初めから御交渉のなかった方にいたしましても、私と宮様がたとの縁の続きに愛しておあげくださることになるのがうれしい成り行きなのですが、まして以前から御交際のあった間柄でおありになるのですから、私の所へ来られましたあとでお捨てになるのは、あの宮さんにとっておかわいそうなことです」
 などと申しているのを、恋が言わせることと中宮はお悟りにならなかった。
 薫は中宮のお居間を辞して、先夜の好意のある女友人にも逢おう、あの思い出の廊の座敷を心の慰めに見て行こうと思い、縁側伝いに西に向いて歩いて行った。御簾《みす》の中にいる女房たちはそれだけのことにすら心づかいのされる薫の大将であった。渡殿《わたどの》のほうには左大臣の息子らがいて、女房たちと話し合っている様子であったから、この人は妻戸のところにすわって、
「始終この院へはまいっている私ですが、こちらの宮様の御殿へ伺うことができないでいますと、自然老人めいた気持ちになるようになったのですが、これからはそうしていまいと決心してまいったのですよ。馴《な》れない人間の恰好《かっこう》は滑稽《こっけい》なものに若い人たちからは見られることでしょう」
 甥《おい》の公子たちのほうを見ながらこう言っていた。
「ただ今からお習いになりましたなら新鮮なお若さが拝見されることでしょう」
 などと戯れて言う女房らからも怪しいまでの高雅な感じの受け取られるのであった。何をおもな話題にするというのでもなく、世間話を平生よりもしんみりと話し込んで薫《かおる》はいた。
 姫宮は中宮《ちゅうぐう》の御殿のほうへおいでになった。后の宮が、
「大将があちらへ行きましたか」
 とお尋ねになると、一品の宮のお供をしてこちらへ来た大納言の君が、
「小宰相に話があると言っていらっしゃいました」
 と申した。
「まじめな人であって、さすがに女の友だちにも心の惹《ひ》かれるところがあってむだ話もして行きたいのだろうがね。才能のない人が相手をしては恥ずかしい。女の価値がすぐ見破られるからね。小宰相ならまず安心だけれど」
 こんなことをお言いになる宮は、御弟なのであるが、薫に周囲を観察されることを恥ずかしく思召し、女房らも飽き足らず思われるところを見せぬようにしてほしいと思召すのである。
「あの人をだれよりも御ひいきになさいまして、部屋のほうへも寄ってお行きになることがよくあるようでございます。しんみりとお話をしておいでになることもございまして夜がふけてお帰りになることはありましても恋愛関係と申すようなことはなさそうに思われます。あの人兵部卿の宮様の御性情には反感を持っておりまして、お返辞すらよくいたさないようでございますのはもったいないことでございます」
 と言い、大納言の君が笑うと、中宮もお笑いになって、
「あの宮の多情な本質が直感できるのだからいいね。どうしてあの方の悪癖を直させたらいいだろう、恥ずかしいと私は思う。だれも皆そう思っているだろうね」
 こうお語りになった。
「妙な話を私は聞いたのでございます。あの大将さんのお亡《なく》しになりました人は兵部卿の宮様の二条の院の奥様のお妹さんだったそうでございます。前常陸守の妻はその方の叔母《おば》であるとも、母であるとも申しますのはどういう理由《わけ》であるのかよく存じません。その大将の愛人の所へそっと兵部卿の宮様も通ってお行きになったということでございまして、大将さんがそれをお聞きになりましたのか、にわかに宇治から京へ迎えようとなすって、監視の人などをきびしくお付けになりましたころに、宮様はまたおいでになったのでございますが、家の中へおはいりになることができませんで、危険なことでございますが、お馬のままで外に立っておいでになり、それなり帰っておしまいになったということでございまして、女も宮様をお慕いしていたのでしょうか、にわかに行くえがわからなくなりましたのを、川へ身を投げたのであろうと、乳母《うば》というような者が泣き騒いで言っていたそうでございます」
 大納言の君はこんな話を申し上げた。中宮がお驚きになったことは言うまでもない。
「だれがまあそんな噂話《うわさばなし》をしていたの、ほんとうにかわいそうな話ではないか。そんな出来事はすぐ噂になるものだのに、そうでもなし、また大将もそんなふうには話さずに、人生の悲哀を強調して話すだけで、また宇治の宮さんの一族が皆短命で死ぬのは悲しいことだとは言っていたけれども」
「ほんとうでございますか、どうでございますか、しもざまの者は確かでないこともほんとうらしく話にいたすものですが、その宇治の山荘におりま
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