事を、薫がこんなにまで丁寧に営むことによって、どんな婦人であったのかと驚いて思ってみる人たちも多かったが、常陸守が来ていて、はばかりもなく法会《ほうえ》の主人顔に事を扱っているのをいぶかしくだれも見た。少将の子の生まれたあとの祝いを、どんなに派手に行なおうかと腐心して、家の中にない物は少なく、[#「、」は底本では「。」]支那《しな》、朝鮮の珍奇な織り物などをどうしてどう使おうと驕《おご》った考えを持っていた守ではあったが、それは趣味の洗練されない人のことであるから、美しい結果は上がらなかった。それに比べてこの法会の場内の荘厳をきわめたものになっているのを見て、生きていたならば、自分らと同等の階級に置かれる運命の人でなかったのであったと守は悟った。兵部卿の宮の夫人も誦経《ずきょう》の寄付をし、七僧への供膳《きょうぜん》の物を贈った。
 今になって隠れた妻のあったことを帝《みかど》もお聞きになり、そうした人を深く愛していたのであろうが、女二《にょに》の宮《みや》への遠慮から宇治などへ隠しておいたのであろう、そして死なせたのは気の毒であると思召した。
 浮舟の死のために若い二人の貴人の心の中はいつまでも悲しくて、正しくない情炎の盛んに立ちのぼっていたころにそのことがあったため、ことに宮のお歎きは非常なものであったが、元来が多情な御性質であったから、慰めになるかと恋の遊戯もお試みになるようなこともようやくあるようになった。薫は故人ののこした身内の者の世話などを熱心にしてやりながらも、恋しさを忘られなく思っていた。
 中宮《ちゅうぐう》もまだそのまま叔父《おじ》の宮の喪のために六条院においでになるのであったが、二の宮はそのあいた式部卿にお移りになった。お身柄が一段重々しくおなりになったために、始終母宮の所へおいでになることもできぬことになったが、兵部卿《ひょうぶきょう》の宮は寂しく悲しいままによくおいでになっては姉君の一品《いっぽん》の宮の御殿を慰め所にあそばした。すぐれた美貌《びぼう》であらせられる姫宮をよく御覧になれぬことを物足らぬことにしておいでになるのであった。右大将が多数の女房の中で深い交際をしている小宰相《こさいしょう》という人は容貌《ようぼう》などもきれいであった。価値の高い女として中宮も愛しておいでになった。琴の爪音《つまおと》も琵琶《びわ》の撥音《ばちおと》も人よりはすぐれていて、手紙を書いてもまた人と話しをしても洗練されたところの見える人であった。兵部卿の宮も長くこの人に恋を持っておいでになるのであって、例の上手《じょうず》に説き伏せようとお試みになるのであるが、誘惑をされてだれも陥るような御関係を作りたくないと強い態度を変えないのを、薫《かおる》はおもしろい人であると思って好意が持たれるのである。このごろの薫が物思いにとらわれているのも知っていて、黙っていることができぬ気もして手紙を書いて送った。

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哀れ知る心は人におくれねど数ならぬ身に消えつつぞ経《ふ》る

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私が代わって死んでおあげすればよかったように思われます。
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 と感じのよい色の紙に書かれてあった。身にしむような夕方時のしめっぽい気持ちをよく察して訪《たず》ねの文《ふみ》を送った心持ちを薫は感謝せずにはおられなかった。

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つれなしとここら世を見るうき身だに人の知るまで歎きやはする
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 これを返歌にした。
 答礼のつもりで、
「寂しい時の御慰問のお手紙はことにありがたく思われました」
 と言いに小宰相の家を薫は訪《たず》ねて行った。貴人らしい重々しさが十分に備わり、こんなふうに中宮の女房の自宅へなど、今までは一度も行ったことのない薫が訪ねて来た所としては貧弱な邸《やしき》であった。局《つぼね》などと言われる狭い短い板の間の戸口に寄って薫の坐《ざ》しているのを片腹痛いことに思う小宰相であったが、さすがにあまりに卑下もせず感じのよいほどに話し相手をした。失った人よりもこの人のほうに才識のひらめきがあるではないか、なぜ女房などに出たのであろう、自分の妻の一人として持っていてもよかった人であったのにと薫は思っていた。しかしながら友情以上に進んでいこうとするふうを少しも薫は見せていなかった。
 蓮《はす》の花の盛りのころに中宮は法華《ほけ》経の八講を行なわせられた。六条院のため、紫夫人のため、などと、故人になられた尊親のために経巻や仏像の供養をあそばされ、いかめしく尊い法会《ほうえ》であった。第五巻の講ぜられる日などは御陪観する価値の十分にあるものであったから、あちらこちらの女の手蔓《てづる》を頼んで参入して拝見する人も多かった。五日めの朝の講座が
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