う」
と言う宮のお返辞であった。侍従は姫君を失った心細さも慰むかと思い、手蔓《てづる》を求めて目的の宮仕えをする身になった。見た目のきれいな下級女房であると人も認めて、侍従は悪くも言われていなかった。大将もよくまいるのを蔭《かげ》で見るたびに昔が思われる物哀れな心になった。貴族の姫君たちだけのお仕えしている場所だと聞いていて、そうした上の女房たちの顔をこのごろ皆見知るようになってから考えても、浮舟の姫君ほどの美貌の人はないようであった。
今年の春お薨《かく》れになった式部卿《しきぶきょう》の宮の姫君を、継母《ままはは》の夫人が愛しないで、自身の兄の右馬頭《うまのかみ》で平凡な男が恋をしているのに、姫君をかわいそうとも思わずに与えようとしていることを中宮へある人から申し上げると、
「気の毒な、宮様がたいへん大事になすった女王《にょおう》さんを、そんな廃《すた》り者にしてしまおうとするなどとは」
と憐《あわれ》んで仰せられた。
「たよりない心細い思いをしているあなたにそうしたあたたかい同情を寄せてくださるのだから、中宮へお仕えしたら」
と、兄の侍従も宮仕えを勧めた女王を、このごろ中宮は手もとへ侍女にお迎えになった。女一《にょいち》の宮《みや》のお相手として置くのによい貴女《きじょ》と思召して、特別な御待遇を賜わって侍しているのであったが、お仕えする身であるかぎり、やはり宮の君などと言われ、唐衣《からぎぬ》までは着ぬが裳《も》だけはつけて勤めているのは哀れなことであった。兵部卿《ひょうぶきょう》の宮は、この人だけは恋しい故人に似た顔をしているであろう。式部卿の宮と八の宮は御兄弟なのであるからなどと、例の多情なお心は、昔の人の恋しいために、新たな好奇心もお起こしになることがやまず、いつとなく宮の君を恋の対象としてお考えになるようになった。
人生は味気ないとこの女王についても薫は思うのであった。まだ昨今というほどのことではないか、東宮の後宮へお入れになろうと父宮がお思いになり、自分へも娶《めと》らせようとされた姫君である、栄えた人のたちまち衰えてゆくのを見ては、水へはいってしまった人はそれを見ぬだけ賢明であったかもしれぬなどと薫は思い、他の女房に対するよりもこの女王に好意を寄せていた。
六条院に中宮《ちゅうぐう》のおいでになることは、宮中のお住居《すまい》よりも広
前へ
次へ
全40ページ中33ページ目
小説の先頭へ
文字数選び直し
与謝野 晶子 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ
登録
ご利用方法
ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング