なさいまし」
と右近は言ったが、
「宮様へ今日は何も申し上げる気はしない」
と恥じたふうで浮舟《うきふね》は言い、無駄《むだ》書きに、
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里の名をわが身に知れば山城の宇治のわたりぞいとど住みうき
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と書いていた。浮舟は宮の描《か》いてお置きになった絵をときどき出して見ては泣かれるのであった。こうした関係を長く続けていってはならないと反省はするが、薫のほうへ引き取られて宮との御縁の絶たれることは悲しく思われてならぬらしい。
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かきくらし晴れせぬ峰のあま雲に浮きて世をふる身ともなさばや
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こう浮舟が書いてきたのを御覧になり、兵部卿《ひょうぶきょう》の宮は声をたててお泣きになった。自分ばかりが熱愛しているのでなく、彼女も自分を恋しく思うことがあるのであろうと想像をあそばすと、浮舟の姫君が物思わしそうにしていた面影がお目の前に立って悲しかった。
薫は余裕のある気持ちで浮舟から来た返事を読み、かわいそうにどんなに物思いをしているであろうと恋しく思った。
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つれづれ
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