ともせず、きれいに上品な貴人の家らしく飾らせてあった。小流れのそばの岩に薫は腰を掛けていたが、その座は離れにくかった。
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絶えはてぬ清水《しみず》になどかなき人の面影をだにとどめざりけん
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と歌い、涙をふきながら弁の尼の室《へや》のほうへ来た薫を、尼は悲しがって見た。座敷の長押《なげし》へ仮なように身体《からだ》を置いて、御簾《みす》の端を引き上げながら薫は話した。弁の尼は几帳《きちょう》で姿を包んでいた。薫は話のついでに、
「あの話の人ね、せんだって二条の院に来ていられると聞いていましたがね、今さら愛を求めに歩く男のようなことは私にできなくて、そのままにしていますよ。やはりこの話はあなたから言ってくださるほうがいい」
人型《ひとがた》の姫君のことを言いだした。
「この間あのお母様から手紙がまいりました。謹慎日の場所を捜しあぐねて、あちらこちらとお変わらせしていますってね。そして現在もみじめな小家などにお置きしているのがおかわいそうなのですが、もう少し近い所ならお住ませするのにそちらは最も安心のできる所と思いますが、荒い山路《やまみ
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