れてならなかった。闖入《ちんにゅう》しておいでになった宮の御様子もさすがに思い出されて、内容はこまごまともわからなかったものの身にしむお話しぶりでいろいろと自分へお告げになったことがあった、お帰りになったあとで周囲に残っていたかんばしいにおいがまだ今も自分の身に残っている気がして、恐ろしい思いをしたことさえ姫君は追想された。母のほうからはしみじみと情のこもった手紙が送って来られた。こんなにも愛してくれる母に心配ばかりをかける自身の運命が悲しくて姫君は泣いてしまった。
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馴《な》れないあなたの日送りはどんなにつれづれかと思います。しばらくしんぼうをしていらっしゃい。
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 とも書かれてあった、返事に、
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退屈なことなどはなんでもありません。かえって今が気楽でよいという気もします。

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ひたぶるに嬉《うれ》しからまし世の中にあらぬ所と思はましかば
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 と姫君は書いた。この歌の幼稚な表現にも母の夫人はほろほろと泣いて、こんなに漂泊人《さすらいびと》のようにさせておく親の無力さが
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