までどおりあなた様もおいでになれたのですがね」
歎息をしながら乳母はこう言うのであった。
姫君の身にとっては家のことなどは考える余裕もない。ただ闖入者《ちんにゅうしゃ》が来て、経験したこともない恥ずかしい思いを味わわされたについても、中の君はどう思うことであろうと、せつなく苦しくて、うつ伏しになって泣いていた。見ている乳母は途方に暮れて、
「そんなにお悲しがりになることはございませんよ。お母様のない人こそみじめで悲しいものなのですよ。ほかから見れば父親のない人は哀れなものに思われますが、性質の悪い継母《ままはは》に憎まれているよりはずっとあなたなどはお楽なのですよ。どうにかよろしいように私が計らいますからね、そんなに気をめいらせないでおいでなさいませ。どんな時にも初瀬《はせ》の観音がついてあなたを守っておいでになりますからね、観音様はあなたをお憐《あわれ》みになりますよ。お参りつけあそばさない方を、何度も続けてあの山へおつれ申しましたのも、あなたを軽蔑《けいべつ》する人たちに、あんな幸運に恵まれたかと驚かす日に逢《あ》いたいと念じているからでしたよ。あなたは人笑われなふうでお終わり
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