と伺っていると、あとに何も残らなかった昔のことが思い出されて恐ろしくなります」
こう言ってまた薫は涙ぐんだ。
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見し人のかたしろならば身に添へて恋しき瀬々のなでものにせん
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これを例の冗談《じょうだん》にして言い紛らわしてしまった。
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「みそぎ河《がは》瀬々にいださんなでものを身に添ふかげとたれか頼まん
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『ひくてあまたに』(大ぬさの引く手あまたになりぬれば思へどえこそ頼まざりけれ)とか申すようなことで、出過ぎたことですが私は心配されます」
「『つひによるせ』(大ぬさと名にこそ立てれ流れてもつひの寄る瀬はありけるものを)はどこであると私が思っていることはあなたにだけはおわかりになるはずですし、その話のほうのははかない水の泡《あわ》と争って流れる撫物《なでもの》でしかないのですから、あなたのお言葉のようにたいした効果を私にもたらしてくれもしないでしょう。私はどうすれば空虚になった心が満たされるのでしょう」
こんなことを言いながら薫が長く帰って行こうとしないのもうるさくて、中の君は、
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