の花がいろいろに咲き乱れた、小流れのそばの岩のあたりの美しいのを姫君は横になってながめていたのである。初めから少しあいていた襖子をさらに広くあけて屏風の横から中をおのぞきになったが、宮がおいでになろうなどとは思いも寄らぬことであったから、いつも中の君のほうから通って来る女房が来たのであろうと思い、起き上がったのは、宮のお目に非常に美しくうつって見える人であった。例の多情なお心から、この機会をはずすまいとあそばすように、衣服の裾《すそ》を片手でお抑《おさ》えになり、片手で今はいっておいでになった襖子を締め切り、屏風の後ろへおすわりになった。
 怪しく思って扇を顔にかざしながら見返った姫君はきれいであった。扇をそのままにさせて手をお捉《とら》えになり、
「あなたはだれ。名が聞きたい」
 とお言いになるのを聞いて、姫君は恐ろしくなった。ただ戯れ事の相手として御自身は顔を外のほうへお向けになり、だれと知れないように宮はしておいでになるので、近ごろ時々話に聞いた大将なのかもしれぬ、においの高いのもそれらしいと考えられることによって、姫君ははずかしくてならなかった。乳母は何か人が来ているようなのがいぶかしいと思い、向こう側の屏風を押しあけてこの室へはいって来た。
「まあどういたしたことでございましょう。けしからぬことをあそばします」
 と責めるのであったが、女房級の者に主君が戯れているのにとがめ立てさるべきことでもないと宮はしておいでになるのであった。はじめて御覧になった人なのであるが、女相手にお話をあそばすことの上手《じょうず》な宮は、いろいろと姫君へお言いかけになって、日は暮れてしまったが、
「だれだと言ってくれない間はあちらへ行かない」
 と仰せになり、なれなれしくそばへ寄って横におなりになった。宮様であったと気のついた乳母は、途方にくれてぼんやりとしていた。
「お明りは燈籠《とうろう》にしてください。今すぐ奥様がお居間へおいでになります」
 とあちらで女房の言う声がした。そして居間の前以外の格子はばたばたと下《お》ろされていた。この室は別にして平生使用されていない所であったから、高い棚厨子《たなずし》一具が置かれ、袋に入れた屏風なども所々に寄せ掛けてあって、やり放しな座敷と見えた。こうした客が来ているために居間のほうからは通路に一間だけ襖子があけられてあるのである。そこ
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