言いになり、楽器を下へ置いておしまいになったのを、中の君は残念に思い、
「人間の心だけはあさはかにもなったでしょうが、昔から伝わっております音楽などはそれほどにも堕落はしておりませんでしょう」
こう言って、自身でおぼつかなくなっている手を耳から探り出したいと願うふうが見えた。宮は、
「それでは単独《ひとり》で弾《ひ》いているのは寂しいものだから、あなたが合わせなさい」
とお言いになって、女房に十三|絃《げん》をお出させになって、夫人に弾かせようとあそばされるのだったが、
「昔は先生になってくださる方がございましたけれど、そんな時にもろくろく私はお習い取りすることはできなかったのですもの」
恥ずかしそうに言って、中の君は楽器に手を触れようともしない。
「これくらいのことにもまだあなたは隔てというものを見せるのは情けないではありませんか、このごろ通って行く所の人は、まだ心が解けるというほどの間柄になっていないのに、未成品的な琴を聞かせなさいと言えば遠慮をせずに弾きますよ。女は柔らかい素直なのがいいとあの中納言も言っていましたよ。あの人へはこんなに遠慮をばかり見せないのでしょう。非常な
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