妻にさせ、苦しい煩悶《はんもん》をすることとなったとくやしくなり、薫もまた泣かれるのであった。夫人のそばには二人ほどの女房が侍していたのであるが、知らぬ男の闖入《ちんにゅう》したのであれば、なんということをとも言って中の君を助けに出るのであろうが、この中納言のように親しい間柄の人がこの振舞《ふるまい》をしたのであるから、何か訳のあることであろうと思う心から、近くにいることをはばかって、素知らぬ顔を作り、あちらへ行ってしまったのは夫人のために気の毒なことである。中納言は昔の後悔が立ちのぼる情炎ともなって、おさえがたいのであったであろうが、夫人の処女時代にさえ、どの男性もするような強制的な結合は遂げようとしなかった人であるから、ほしいままな行為はしなかった。こうしたことを細述することはむずかしいと見えて筆者へ話した人はよくも言ってくれなかった。
どんな時を費やしても効《かい》のないことであって、そして人目に怪しまれるに違いないことであると思った薫は帰って行くのであった。まだ宵《よい》のような気でいたのに、もう夜明けに近くなっていた。こんな時刻では見とがめる人があるかもしれぬと心配がされた
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