ない、生きていればまた悲観しているようなことばかりでもあるまいなどと、みずから慰めようと中の君はするのであるが、姨捨山《おばすてやま》の月(わが心慰めかねつ更科《さらしな》や姨捨山に照る月を見て)ばかりが澄み昇《のぼ》って夜がふけるにしたがい煩悶《はんもん》は加わっていった。松風の音も荒かった山おろしに比べれば穏やかでよい住居《すまい》としているようには今夜は思われずに、山の椎《しい》の葉の音に劣ったように中の君は思うのであった。
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山里の松の蔭《かげ》にもかくばかり身にしむ秋の風はなかりき
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過去の悲しい夢は忘れたのであろうか。
老いた女房などが、
「もうおはいりあそばせ、月を長く見ますことはよくないことだと申しますのに。それにこの節ではちょっとしましたお菓子すら召し上がらないのですから、こんなことでどうおなりになりますでしょう。よくございません。以前の悲しいことも私どもにお思い出させになりますのは困ります。おはいりあそばせ」
こんなことを言う。若い女房らは情けない世の中であると歎息をして、
「宮様の新しい御結婚のこと、ほんとう
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