しく思われたことも、時がもはや薄らがせてなしやすく思うようになっていた。
「お身体《からだ》が悪いと伺っていますのはどんなふうの御病気ですか」
 などと薫は聞くが、夫人からはかばかしい返辞を得ることはできない。平生よりもめいったふうの見えるのに理由のあることを知っている薫は、それを哀れに見て、こまやかに世の中に処していく心の覚悟というようなものを、兄弟などがあって、教えもし慰めもするふうに言うのであった。声なども特によく似たものともその当時は思わなかったのであるが、怪しいほど薫には昔の人のとおりに聞こえる中の君の声であった。人目に見苦しくなければ、御簾《みす》も引き上げて差し向かいになって話したい、病気をしているという顔が見たい心のいっぱいになるのにも、人間は生きている間次から次へ物思いの続くものであるということはこれである、自分はまたこうした心の悶《もだ》えをしていかねばならぬ身になったと薫はみずから悟った。
「はなやかなこの世の存在ではなくとも、心に物思いをして歎きにわが身をもてあますような人にはならずに、一生を過ごしたいと願っていた私ですが、自身の心から悲しみも見ることになり、愚
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