い。東の対なども焼けてのちにまたみごとな建築ができていたのをさらに設備を美しくさせていた。薫のそうした用意をしていることが帝のお耳にはいり、結婚してすぐに良人《おっと》の家へはいるのはどんなものであろうと不安に思召されるのであった。帝も子をお愛しになる心の闇《やみ》は同じことなのである。尼宮の所へ勅使がまいり、お手紙のあった中にも、ただ女二の宮のことばかりが書かれてあった。お亡《な》くなりになった朱雀院が特別にこの尼宮を御援助になるようにと遺託しておありになったために、出家をされたのちでも二品《にほん》内親王の御待遇はお変えにならず、宮からお願いになることは皆御採用になるというほどの御好意を帝は示しておいでになったのである。こうした最高の方を舅君《しゅうとぎみ》とし、母宮として、たいせつにお扱われする名誉もどうしたものか薫の心には特別うれしいとは思われずに、今もともすれば物思い顔をしていて、宇治の御堂の造営を大事に考えて急がせていた。
兵部卿の宮の若君の五十日になる日を数えていて、その式用の祝いの餠《もち》の用意を熱心にして、竹の籠《かご》、檜《ひのき》の籠などまでも自身で考案した。
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