ちらへ行ってもしまわないのを哀れに思う薫であった。
「こうしてお隣にいることだけを慰めに思って今夜は明かしましょう。決して決してこれ以上のことを求めません」
と言い、襖子を中にしてこちらの室《へや》で眠ろうとしたが、ここは川の音のはげしい山荘である、目を閉じてもすぐにさめる。夜の風の声も強い。峰を隔てた山鳥の妹背《いもせ》のような気がして苦しかった。いつものように夜が白《しら》み始めると御寺《みてら》の鐘が山から聞こえてきた。兵部卿《ひょうぶきょう》の宮を気にして咳《せき》払いを薫《かおる》は作った。実際妙な役をすることになったものである。
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「しるべせしわれやかへりて惑ふべき心もゆかぬ明けぐれの道
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こんな例が世間にもあるでしょうか」
と薫が言うと、
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かたがたにくらす心を思ひやれ人やりならぬ道にまどはば
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ほのかに姫君の答える歌も、よく聞き取れぬもどかしさと飽き足りなさに、
「たいへんに遠いではありませんか。あまりに御同情のないあなたですね」
恨みを告げているころ、ほのぼの
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