申した。夜明け前のまたちょっと暗くなる時間であって、霧が立ち、空の色が冷ややかに見え、月は霧にさえぎられて木立ちの下も暗く艶《えん》な趣のあるようになった。そのために薫はまた宇治が恋しくなった。宮が、
「今度あなたが行く時に必ず誘ってください。うちやって行ってはいけませんよ」
 とお言いになっても、薫の迷惑そうにしているのを御覧になって、

[#ここから2字下げ]
女郎花《をみなへし》咲ける大野をふせぎつつ心せばくやしめを結《ゆ》ふらん
[#ここで字下げ終わり]

 とお言いになった、冗談《じょうだん》のように。

[#ここから1字下げ]
「霧深きあしたの原の女郎花心をよせて見る人ぞ見る
[#ここで字下げ終わり]

 だれでも見られるわけではありませんから」
 などと薫も言った。
「うるさいことを言うね」
 腹をたててもお見せになる宮様であった。今までから宮のこの御希望はしばしばお聞きしていたのであるが、中の君をよくは知らず、交際をせぬ薫であったから、不安さがあって、容貌《ようぼう》は御想像どおりであっても、性情などに近づいて物足りなさをお感じになることはあるまいかとあやぶんで、お聞き
前へ 次へ
全126ページ中41ページ目


小説の先頭へ
文字数選び直し
与謝野 晶子 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ 登録 ご利用方法 ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング