として、京の町々にまでもまわって家々の門《かど》に額を突く行であって、寒い夜明けの風を避けるために、師の阿闍梨《あじゃり》のまいっている山荘へはいり、中門の所へすわって回向《えこう》の言葉を述べているその末段に言われることが、故人の遺族の身にしみじみとしむのであった。客である中納言も仏に帰依する人であったから、これも泣きながら聞いていた。
 中の君が姉君を気づかわしく思うあまりに病床に近く来て、奥のほうの几帳《きちょう》の蔭に来ている気配《けはい》を薫は知り、居ずまいを正して、
「不軽の声をどうお聞きになりましたか、おごそかな宗派のほうではしないことですが尊いものですね」
 と言い、また、

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霜さゆる汀《みぎは》の千鳥うちわびて鳴く音《ね》悲しき朝ぼらけかな
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 これをただ言葉のようにして言った。
 恨めしい恋人に似たところのある人とは思うが返辞の声は出しかねて、弁に代わらせた。

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あかつきの霜うち払ひ鳴く千鳥もの思ふ人の心をや知る
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 あまりに似合わしくない代わり役であったが、つたなく
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