しく見られる家となった。日が暮れると例の客室へ席を移すことを女房たちは望み、湯漬《ゆづ》けなどのもてなしをしようとしたのであるが、来ることのおくれた自分は、今はせめて近い所にいて看病がしたいと薫は言い、南の縁付きの室《ま》は僧の室《へや》になっていたから、東側の部屋《へや》で、それよりも病床に密接している所に屏風《びょうぶ》などを立てさせてはいった。これを中の君は迷惑に思ったのであるが、薫と姫君との間柄に友情以上のものが結ばれていることと信じている女房たちは、他人としては扱わないのであった。
初夜から始めさせた法華経《ほけきょう》を続けて読ませていた。尊い声を持った僧の十二人のそれを勤めているのが感じよく思われた。灯《ひ》は僧たちのいる南の室《ま》にあって、内側の暗くなっている病室へ薫はすべり入るようにして行って、病んだ恋人を見た。老いた女房の二、三人が付いていた。中の君はそっと物蔭《ものかげ》へ隠れてしまったのであったから、ただ一人床上に横たわっている総角《あげまき》の病女王のそばへ寄って薫は、
「どうしてあなたは声だけでも聞かせてくださらないのですか」
と言って、手を取った。
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