っしゃる間は、そんな無茶なことをしようとする女もなかろうと思うと、恨めしいながらもなお頼みにされますよ」
と姫君が言うと、
「先に死ぬことなどをお思いになるのはひどいお姉様。悲しいではありませんか」
中の君はこう言って、いよいよ夜着の中へ深く顔を隠してしまった。
「自分の命が自分の思うままにはならないのですからね。私はあの時すぐにお父様のあとを追って行きたかったのだけれど、まだこうして生きているのですからね。明日はもう自分と関係のない人生になるかもしれないのに、やはりあとのことで心を苦しめていますのも、だれのために私が尽くしたいと思うからでしょう」
と大姫君は灯を近くへ寄せさせて宮のお手紙を読んだ。いつものようにこまやかな心が書かれ、
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ながむるは同じ雲井をいかなればおぼつかなさを添ふる時雨《しぐれ》ぞ
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とある。袖《そで》を涙で濡《ぬ》らすというようなことがあの方にあるのであろうか、男のだれもが言う言葉ではないかと見ながらも怨《うら》めしさはまさっていくばかりであった。
世にもまれな美男でいらせられる方が、より多く人に愛されようと艶《えん》に作っておいでになるお姿に、若い心の惹《ひ》かれていぬわけはない。隔たる日の遠くなればなるほど恋しく宮をお思いするのは中の君であって、あれほどに、あれほどな誓言までしておいでになったのであるから、どんなことがあってもこのままよその人になっておしまいになることはあるまいと思いかえす心が常に横にあった。お返事を今夜のうちにお届けせねばならぬと使いが急がし立てるために、女房が促すのに負けて、ただ一言だけを中の君は書いた。
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あられ降る深山《みやま》の里は朝夕にながむる空もかきくらしつつ
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それは十月の三十日のことであった。
逢《あ》わぬ日が一月以上になるではないかと、宮は自責を感じておいでになりながら、今夜こそ今夜こそと期しておいでになっても、障《さわ》りが次から次へと多くてお出かけになることができないうちに、今年の五節《ごせち》は十一月にはいってすぐになり、御所辺の空気ははなやかなものになって、それに引かれておいでになるというのでもなく、わざわざ宇治をお訪《たず》ねになろうとしないのでもなく、日が紛れてたっていく。
この間を宇治のほうではどんなに待ち遠に思ったかしれない。かりそめの情人をお作りになってもそんなことで慰められておいでになるわけではなく、宮の恋しく思召《おぼしめ》す人はただ一人の中の君であった。左大臣家の姫君との縁組みについて、中宮《ちゅうぐう》も今では御譲歩をあそばして、
「あなたにとって強大な後援者を結婚で得てお置きになった上で、そのほかに愛している人があるなら、お迎えになって重々しく夫人の一人としてお扱いになればよろしいではないか」
と仰せられるようになったが、
「もうしばらくお待ちください。私に考えがあるのですから」
となおいなみ続けておいでになる兵部卿の宮であった。かりそめの恋人は作っても、勢いのある正妻などを持ってあの人に苦しい思いはさせたくないと宮の思っておいでになることなどは、宇治へわからぬことであったから、月日に添えて物思いが加わるばかりである。
薫《かおる》も宮を自分の観察していたよりも軽薄なお心であった、世間で見ているような方ではないとお信じ申していて、宇治の女王たちへ取りなしていたのが恥ずかしくなり、女のほうを心からかわいそうに思って、あまり宮へ近づいてまいらないようになった。そして山荘のほうへは病む女王の容体を聞きにやることを怠らなかった。
十一月になって少しよいという報告を薫は得ていて、それがちょうど公私の用の繁多な時であったため、五、六日見舞いの使いを出さずにいたことを急に思い出して、まだいろいろな用のあったのも捨てておいて自身で出かけて行った。祈祷《きとう》は恢復《かいふく》するまでとこの人から命じてあったのであったのに、少し快いようになったからといって阿闍梨《あじゃり》も寺へ帰してあった。それで山荘のうちはいっそう寂寞《せきばく》たるものになっていた。例の弁が出て来て病女王のことを報告した。
「どこがお痛いというところもございませんような、御大病とは思えぬ御容体でおありになりながら、物を少しも召し上がらないのでございますよ。だいたい御体質が繊弱でいらっしゃいますところへ、兵部卿《ひょうぶきょう》の宮様のことが起こってまいりましてからは、ひどく物思いをばかりなさいます方におなりになりまして、ちょっとしたお菓子をさえも召し上がろうとはなさらなかったおせいでございますよ、御衰弱がひどうございましてね、頼み少ないふうになっておしまいに
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