てお席を作ったりなどしていた。京のあちらこちらへ女房勤めに出ている娘とか姪《めい》とかをにわかに手もとへ呼び寄せて、中の君のそば仕えをさせることにした女房も二、三人あったのである。今まで軽蔑《けいべつ》をしていた浮薄な人たちにとって、尊貴な婿君の出現は驚異に価することであった。
 大姫君はこの寂しい夜を訪《たず》ねたもうた宮をうれしく思うのであったが、少し迷惑な人が添って来たと薫《かおる》を思わないでもないものの、慎重な、思いやりのある態度を恋にも忘れずにいてくれた人とその人を思う時、匂宮の御行為はそうでなかったと比較がされ感謝の念は禁じられなかった。中の君の婿君として宮に山荘相当な御|饗応《きょうおう》を申し上げて、薫は主人がたの人として気安く扱いながらも、客室の座敷に据《す》えられただけであるのを恨めしくその人は思っていた。さすがに気の毒に思われて姫君は物越しで話すことにした。自分の心の弱さからつまずいて、またも初めに恋は返されたではないか、こんな状態を続けていくことはもう自分には不可能であると思い、薫は言葉を尽くして恋人に恨みを告げようとした。ようやくこの人の尊敬すべき気持ちも悟った姫君であるが、中の君が結婚をしたために物思いに沈むことの多くなったことによって、いっそう恋愛というものをいとわしいものに思い込むようになり、これ以上の接近は許すまい、清い愛を今では感じている相手であるが、この人を恨むことが結婚すれば生じるに違いない、自身もこの人も変わらぬ友情を続けていきたいとこう深く心に決めているためであった。宮についての話になって、薫のほうから中の君の様子などを聞くと、少しずつ近ごろのことで、薫の想像していたようなことも姫君は語った。薫は気の毒になり、宮が深い愛着をお持ちになること、自分が探って知っている御自由のない近ごろの憂鬱《ゆううつ》なお日送りなどを話していた。姫君は平生より機嫌《きげん》よく話したあとで、
「こんなふうな、新たな心配にとらわれておりますことも終わりまして、気の静まりましたころにまたよくお話を伺いましょう」
 と言った。反感を起こさせるような冷淡さはなくて、しかも襖子《からかみ》は堅く閉ざされてあった。しいてその隔てを取り除こうとするのは甚だしく同情のないふるまいであると姫君の思っているのを知っている薫は、この人に考えがあることであろう、軽々しく他人の妻になってしまうようなことはないと信じられる人であるからと、いつもゆとりのある心のこの人は、恋に心を焦《こが》しながらもそれをおさえることはできた。
「あなたの御意志はどこまでも尊重しますが、こうして物越しでお話ししていることの不満足感を救ってだけはください。先日のように近くへまいってお話をさせていただきたいのです」
 と責めてみたが、
「このごろの私は平生よりも衰えていましてね、顔を御覧になって不愉快におなりになりはしないかと、どうしたのでしょう、そんなことの気になる心もあるのですよ」
 と言い、ほのかに総角の姫君の笑った気配《けはい》などに怪しいほどの魅力のあるのを薫は感じた。
「そんなつきも離れもせぬお心に引きずられてまいって、私はしまいにどうなるのでしょう」
 こんなことを言い、男は歎息をしがちに夜を明かした。
 兵部卿《ひょうぶきょう》の宮は、薫が今も一人臥《ひとりね》をするにすぎない宇治の夜とは想像もされないで、
「中納言が主人がたぶって、寝室に長くいるのが恨めしい」
 とお言いになるのを、不思議な言葉のように中の君はお聞きしていた。
 無理をしておいでになっても、すぐにまたお帰りにならねばならぬ苦しさに宮も深い悲しみを覚えておいでになった。こうしたお心を知らない中の君は、どうなってしまうことか、世間の物笑いになることかと歎いているのであるから、恋愛というものはして苦しむほかのないことであると思われた。京でも多情な名は取っておいでになりながら、ひそかに通ってお行きになる所とてはさすがにない宮でおありになった。六条院では左大臣が同じ邸内に住んでいて、匂宮の夫人に擬している六の君に何の興味もお持ちにならぬ宮をうらめしいようにも思っているらしかった。好色男的な生活をしていられるといって、容赦なく宮のことを御非難して帝《みかど》にまでも不満な気持ちをお洩《も》らし申し上げるふうであったから、八の宮の姫君という、だれにも意外な感を与える人を夫人としてお迎えになることにはばかられるところが多かった。軽い恋愛相手にしておいでになる女性は、宮仕えの体裁で二条の院なり、六条院なりへお入れになることも自由にお計らいになることができて、かえってお気楽であった。そうした並み並みの情人とは少しも思っておいでにならないのであって、もし世の中が移り、帝《みかど》と后《きさ
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