すふうで仰せられるのを見て、お気の毒になった薫は、
「どうせ同じことでございますから、今晩のあなた様の罪は私が被《き》ることにいたしましょう、どんな犠牲もいといません。木幡《こばた》の山に馬はいかがでございましょう(山城の木幡の里に馬はあれど徒歩《かち》よりぞ行く君を思ひかね)いっそうお噂《うわさ》は立つことになりましても」
 こう申し上げた。夜はますます暗くなっていくばかりであったから、忍びかねて宮は馬でお出かけになることになった。
「お供にはかえって私のまいらぬほうがよろしゅうございましょう。私は宿直《とのい》することにいたしまして、あなた様のために何かと都合よくお計らいいたしましょう」
 と言って、薫は残ることにした。
 薫が中宮の御殿へまいると、
「兵部卿の宮さんはお出かけになったらしい。困った御行跡ね。お上《かみ》がお聞きになれば必ず私がよく忠告をしてあげないからだとお思いになってお小言をあそばすだろうから困るのよ」
 こうお后《きさき》は仰せになった。多くの宮様が皆|大人《おとな》になっておいでになるのであるが、御母宮はいよいよ若々しいお美しさが増してお見えになるのであった。女一《にょいち》の宮《みや》もこんなのでおありになるのであろう、どんな機会によって自分はこれほど一の宮へ接近することができるであろう、お声だけでも聞きうることができようと、幼い日からのあこがれが今またこの人の心を哀れにさせた。好色な人が思うまじき人を思うことになるのも、こうした間柄で、さすがにある程度まで近づくことが許されていて、しかもきびしい隔てがその中に立てられているというような時に、苦しみもし、悶《もだ》えもするのであろう、自分のように異性への関心の淡いものはないのであるが、それでさえもなお動き始めた心はおさえがたいものなのであるから、などと薫は思っていた。侍女たちは容貌《ようぼう》も性情も皆すぐれていて、欠点のある者は少なく、どれにもよいところが備わり、また中には特に目だつほどの人もあるが、恋のあやまちはすまいと決めているから、薫は中宮の御殿に来ていてもまじめにばかりしていた。わざとこの人の目につくようにふるまう人もないのではない。気品を傷つけないようにと上下とも慎み深く暮らす女房たちにも、個性はそれぞれ違ったものであるから、美しい薫への好奇心が、おさえられつつも外へ現われて
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