う》を辞する意味で使いのおもだった人は帰ってしまった。下の侍の一人を呼びとめて姫君の歌が渡された。

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隔てなき心ばかりは通ふとも馴《な》れし袖とはかけじとぞ思ふ
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 心のかき乱されていたあの夜の名残《なごり》で、思っただけの平凡な歌より詠《よ》まれなかったのであろうと受け取った薫は哀れに思った。
 兵部卿の宮はその夜宮中へおいでになったのであるが、新婦の宇治へ行くことが非常な難事にお思われになって、人知れず心を苦しめておいでになる時に、中宮《ちゅうぐう》が、
「どんなに言ってもあなたはいつまでも一人でおいでになるものだから、このごろは私の耳にもあなたの浮いた話が少しずつはいってくるようになりましたよ。それはよくないことですよ。風流好きとか、何々趣味の人とか人に違った評判は立てられないほうがいいのですよ。お上《かみ》もあなたのことを御心配しておいでになります」
 と仰せになって、私邸に行っておいでがちな点で御忠告をあそばしたために、兵部卿《ひょうぶきょう》の宮は時が時であったから苦しくお思いになって、桐壺《きりつぼ》の宿直《とのい》所へおいでになり、手紙を書いて宇治へお送りになったあとも、心が落ち着かず吐息《といき》をついておいでになるところへ源中納言が来た。宇治がたの人とお思いになるとうれしくて、
「どうしたらいいだろう。こんなに暗くなってしまったのに、出られないので煩悶《はんもん》をしているのですよ」
 こうお言いになり、歎かわしそうなふうをお見せになったが、なおよく宮の新婦に対する真心の深さをきわめたく思った薫《かおる》は、
「しばらくぶりで御所へおいでになりましたあなた様が、今夜|宿直《とのい》をあそばさないですぐお出かけになっては、中宮様はよろしくなく思召すでしょう。先ほど私は、台盤所のほうで中宮様のお言葉を聞いておりまして、私がよろしくないお手引きをいたしましたことでお叱《しか》りを受けるのでないかと顔色の変わるのを覚えました」
 と申して見た。
「私がひどく悪いようにおっしゃるではないか。たいていのことは人がいいかげんなことを申し上げているからなのだろう。世間から非難をされるようなことは何もしていないではないか。何にせよ窮窟な身の上であることがいけないね。こんな身分でなければと思う」
 心の底からそう思召
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