この日を楽しんでいた。宮は旅なれぬお身体《からだ》であったから疲労をお覚えになったし、この土地にしばらく休養していたいという思召《おぼしめ》しも十分にあって、横たわっておいでになったが、夕方になって楽器をお出させになり、音楽の遊びにおかかりになった。こうした大きい河のほとりというものは水音が横から楽音を助けてことさらおもしろく聞かれた。
 聖人の宮のお住居《すまい》はここから船ですぐに渡って行けるような場所に位置していたから、追い風に混じる琴笛の音を聞いておいでになりながら昔のことがお心に浮かんできて、
「笛を非常におもしろく吹く。だれだろう。昔の六条院の吹かれたのは愛嬌《あいきょう》のある美しい味のものだった。今聞こえるのは音が澄みのぼって重厚なところがあるのは、以前の太政大臣の一統の笛に似ているようだ」
 など独言《ひとりごと》を言っておいでになった。
「ずいぶん長い年月が私をああした遊びから離していた。人間の愉楽とするものと遠ざかった寂しい生活を今日までどれだけしているかというようなことをむだにも数えられる」
 こんなことをお言いになりながらも、姫君たちの人並みを超《こ》えたりっ
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