。この世に欲望を持つことのないようにと心がけまして、世の中に対して人よりは冷淡な態度をとっておりますから、立身をいたすことも望まれませんが、私の生きておりますかぎりは、ただ今と変わりのない志を御家族にお見せ申したいと考えております」
 とお答えしたのを、八の宮はうれしく思召し御満足をあそばされた。おそく昇《のぼ》るころの月が出て山の姿が静かに現われた深夜に、宮は念誦《ねんず》をあそばしながら薫へ昔の話をお聞かせになった。
「近ごろの世の中というものはどうなっているのか私には少しもわからない。御所などでこうした秋の月夜に音楽の演奏されるのに私も侍していて、その当時感じたことですが、名人ばかりが集まって、とりどりな技術を発揮させる御前の合奏よりも、上手《じょうず》だという名のある女御《にょご》、更衣《こうい》のいる局《つぼね》々で心の内では競争心を持ち、表面は風流に交際している人たちの曹司《ぞうし》の夜ふけになって物音の静まった時刻に、何ということのない悩ましさを心に持って、ほのかに弾き出される琴の音などにすぐれたものがたくさんありましたよ。何事にも女は人の慰めになることで能事が終わるほど
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