大姫君は遊びとしてさえ恋愛を取り扱うことなどはいとわしがるような高潔な自重心のある女性であった。
 いつでも心細い山荘住まいのうちにも、春の日永《ひなが》の退屈さから催される物思いは二人の女王から離れなかった。いよいよ完成された美は父宮のお心にかえって悲哀をもたらした。欠点でもあるのであれば惜しい存在であると歎かれることは少なかろうがなどと煩悶《はんもん》をあそばされるのであった。大姫君は二十五、中姫君は二十三になっていた。
 宮のために今年は重く謹慎をあそばされねばならぬ年と占われていた。心細い気をお覚えになって、仏勤めを平生以上にゆるみなくあそばす八の宮であった。この世に何の愛着をも今はお持ちにならぬお心であったから、未来の世のためにいっさいを捨てて仏弟子《ぶつでし》の生活にもおはいりになりたいのであったが、ただ二女王をこのままにしておく点に御不安があって、深い信仰はおありになっても、このことでなすべからぬ煩悶《はんもん》をするようになるのは遺憾であると思召すらしいのを、奉仕する女房たちはお察ししていたが、そのことについて宮は、必ずしも理想どおりではなくとも、世間体もよく、親として、それくらいであれば譲歩してもよいと思われる男が求婚して来たなら、立ち入って婿としての世話はやかないままで結婚を許そう、一人だけがそうした生活にはいれば、それに大体のことは頼みうることにもなって安心は得られるであろうが、それほどにまで誠意を見せて婚を求める人もない。まれまれにはちょっとした機会と仲介人を得て、そうした話もあるが、皆まだ若々しい人たちが一時的に好奇心を動かして、初瀬《はせ》、春日《かすが》への中休みの宇治での遊び心のような恋文《こいぶみ》を送って来る程度にとどまり、こうした閑居をあそばすだけの宮として、女王にはたいした敬意も持たず礼のない軽蔑《けいべつ》的な交渉をして来るのなどには、その場だけの返事をすら女王にお書かせにならない。兵部卿《ひょうぶきょう》の宮だけはどうしてもこの恋を遂げたいという熱意を持っておいでになる。これも前生の約束事であったのかもしれぬ。
 源宰相中将はその秋中納言になった。いよいよはなやかな高官になったわけであるが、心には物思いが絶えずあった。自身の出生した初めの因縁に疑いを持っていたころよりも、真相を知った時に始まった過去の肉親に対する愛と同情と
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