ともに、かの世でしているであろう罪についての苦闘を思いやることが重苦しい負担に覚えられ、その父の罪の軽くなるほどにも自身で仏勤めがしたいと願われるのであった。あの話をした老女に好意を持ち、人目を紛らすだけの用意をして常に物質の保護を怠らぬようになった。
 中納言はしばらく宇治の宮をお訪《たず》ねせずにいたことを急に思い出して出かけた。街《まち》の中にはまだはいって来ぬ秋であったが、音羽山が近くなったころから風の音も冷ややかに吹くようになり、槙《まき》の尾山の木の葉も少し色づいたのに気がついた。進むにしたがって景色《けしき》の美しくなるのを薫《かおる》は感じつつ行った。
 中納言をお迎えになった宮は平生にも増して喜びをお見せになり、心細く思召すことを何かと多くこの人へお話しになるのであった。お亡くなりになったあとでは女王たちを時々|訪《たず》ねて来てやってほしいと思召すこと、親戚《しんせき》の端の者として心にとめておいてほしいと思召すことを、正面からはお言いにならぬのではあるが、御希望として仰せられることで、薫は、
「一言でも承っておきます以上、決して私はなすべきを怠る者ではございません。この世に欲望を持つことのないようにと心がけまして、世の中に対して人よりは冷淡な態度をとっておりますから、立身をいたすことも望まれませんが、私の生きておりますかぎりは、ただ今と変わりのない志を御家族にお見せ申したいと考えております」
 とお答えしたのを、八の宮はうれしく思召し御満足をあそばされた。おそく昇《のぼ》るころの月が出て山の姿が静かに現われた深夜に、宮は念誦《ねんず》をあそばしながら薫へ昔の話をお聞かせになった。
「近ごろの世の中というものはどうなっているのか私には少しもわからない。御所などでこうした秋の月夜に音楽の演奏されるのに私も侍していて、その当時感じたことですが、名人ばかりが集まって、とりどりな技術を発揮させる御前の合奏よりも、上手《じょうず》だという名のある女御《にょご》、更衣《こうい》のいる局《つぼね》々で心の内では競争心を持ち、表面は風流に交際している人たちの曹司《ぞうし》の夜ふけになって物音の静まった時刻に、何ということのない悩ましさを心に持って、ほのかに弾き出される琴の音などにすぐれたものがたくさんありましたよ。何事にも女は人の慰めになることで能事が終わるほど
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