棹《さを》の雫《しづく》に袖《そで》ぞ濡《ぬ》れぬる

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寂しいながめばかりをしておいでになるのでしょう。
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 そしてこれを侍に持たせてやった。その男は寒そうに鳥肌《とりはだ》になった顔で、女王の居間のほうへ客の手紙を届けに来た。返事を書く紙は香の焚《た》きこめたものでなければと思いながら、それよりもまず早くせねばと、

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さしかへる宇治の川長《かはをさ》朝夕の雫や袖をくたしはつらん

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身も浮かぶほどの涙でございます。
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 大姫君は美しい字でこう書いた。こんなことも皆ととのった人であると薫は思い、心が多く残るのであったが、
「お車が京からまいりました」
 と言って、供の者が促し立てるので、薫は侍を呼んで、
「宮様がお帰りになりますころにまた必ずまいります」
 などと言っていた。濡れた衣服は皆この侍に与えてしまった。そして取り寄せた直衣《のうし》に薫は着がえたのであった。
 薫は帰ってからも宇治の老女のした話が気にかかった。また姫君たちの想像した以上におおような、柔らかい感
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