します」
 と薫が言って、立った時に宮の行っておいでになる寺の鐘がかすかに聞こえてきた。霧はますます濃くなっていて、宮のおいでになる場所と山荘の隔たりが物哀れに感ぜられた。薫は姫君たちの心持ちを思いやって同情の念がしきりに動くのだった。二人とも引っ込みがちに内気なふうになるのも道理であるなどと思われた。

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「朝ぼらけ家路も見えず尋ねこし槙《まき》の尾山は霧こめてけり
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 心細いことです」
 と言って、またもとの席に帰って、川霧をながめている薫は、優雅な姿として都人の中にも定評のある人なのであるから、まして山荘の人たちの目はどれほど驚かされたかもしれない。
 だれも皆恥じて取り次ぐことのできないふうであるのを見て、大姫君がまたつつましいふうで自身で言った。

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雲のゐる峰のかけぢを秋霧のいとど隔つる頃《ころ》にもあるかな
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 そのあとで歎息《たんそく》するらしい息づかいの聞こえるのも非常に哀れであった。若い男の感情を刺激するような美しいものなどは何もない山荘ではあるが、こうした心苦しさから辞
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