まして、私は自分をおさえておりましたが、悲しい昔の話をどうかして機会を作りまして、少しでもお話しさせていただき、あなた様の御承知あそばさなかったことを、お知らせもしたいということを私は長い間仏様の念誦《ねんず》をいたしますにも混ぜて願っておりましたその効験で、こうしたおりが得られたのでしょうが、お話よりも先に涙におぼれてしまいまして、申し上げることができません」
身体《からだ》を慄《ふる》わせて言う老女の様子に真剣味が見えて、老人はだれもよく泣くものであると知っている薫《かおる》であったが、こんなにまで悲しがるのが不思議に思われて、
「この御山荘へ伺うことになりましてからずいぶん年月はたちますが、こちらのほうにも一人もおなじみがなくて寂しくばかり思われていたのです。昔のことを知っておいでになるというあなたにお逢《あ》いすることができて、私はにわかに心強くなったのですから、この機会に何でもお話しください」
と言った。
「ほんとうにこんなよいおりはございません。またあるといたしましても、私は老人でございますから、それまでにどうなるかもしれたものではありませんので、ただこうした老女がいる
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