らぬだけなのだよ」
 親しげに頼むと、
「それはとてもたいへんなことでございます。あとになりまして私がどんなに悪く言われることかしれません」
 と言いながらも、その座敷とこちらの庭の間に透垣《すいがき》がしてあることを言って、そこの垣へ寄って見ることを教えた。薫の供に来た人たちは西の廊《わたどの》の一室へ皆通してこの侍が接待をするのだった。
 月が美しい程度に霧をきている空をながめるために、簾《すだれ》を短く巻き上げて人々はいた。薄着で寒そうな姿をした童女が一人と、それと同じような恰好《かっこう》をした女房とが見える。座敷の中の一人は柱を少し楯《たて》のようにしてすわっているが、琵琶を前へ置き、撥《ばち》を手でもてあそんでいた。この人は雲間から出てにわかに明るい月の光のさし込んで来た時に、
「扇でなくて、これでも月は招いてもいいのですね」
 と言って空をのぞいた顔は、非常に可憐《かれん》で美しいものらしかった。横になっていたほうの人は、上半身を琴の上へ傾けて、
「入り日を呼ぶ撥はあっても、月をそれでお招きになろうなどとは、だれも思わないお考えですわね」
 と言って笑った。この人のほうに
前へ 次へ
全49ページ中22ページ目


小説の先頭へ
文字数選び直し
与謝野 晶子 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ 登録 ご利用方法 ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング