はそばへ呼んで、
「長い間、人の話にだけ聞いていて、ぜひ伺わせていただきたいと願っていた姫君がたの御合奏が始まっているのだから、こんないい機会はない、しばらく物蔭《ものかげ》に隠れてお聞きしていたいと思うが、そんな場所はあるだろうか。ずうずうしくこのままお座敷のそばへ行っては皆やめておしまいになるだろうから」
 と言う薫の美しい風采《ふうさい》はこうした男をさえ感動させた。
「だれも聞く人のおいでにならない時にはいつもこんなふうにしてお二方で弾《ひ》いておいでになるのでございますが、下人《げにん》でも京のほうからまいった者のございます時は少しの音もおさせになりません。宮様は姫君がたのおいでになることをお隠しになる思召《おぼしめ》しでそうさせておいでになるらしゅうございます」
 丁寧な恰好《かっこう》でこう言うと、薫は笑って、
「それはむだなお骨折りと申すべきだ。そんなにお隠しになっても人は皆知っていて、りっぱな姫君の例にお引きするのだからね」
 と言ってから、
「案内を頼む。私は好色漢では決してないから安心するがよい。そうしてお二人で音楽を楽しんでおいでになるところがただ拝見したくてな
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