いきます家を、お通り過ぎにならず、お寄りくださいます御好意を拝見いたしましても、六条院の皆御恩だと昔が思われてなりません」
 などと言っている声に愛嬌《あいきょう》があって、はなやかに美しい顔も想像されるのであった。こんなふうでいられるから、院の陛下は今もこの人がお忘れになれないのであるとそのうち一つの事件をお引き起こしになる可能性もあることを薫は感じた。
「陞任《しょうにん》をたいした喜びとは思っておりませんが、この場合の御|挨拶《あいさつ》にはどこよりも先にと思って上がったのです。通り過ぎるなどというお言葉は平生の怠慢をおしかりになっておっしゃることですか」
 新中納言はこう言うのであった。
「今日のようなおめでたい日に老人の繰り言などはお聞かせすべきでないと御遠慮はされますが、ただの日にお訪《たず》ねくださるお暇はおありにならないのですし、手紙に書いてあげますほどの筋道のあることではないのですから、聞いてくださいませ。院に侍しております人がね、苦しい立場に置かれまして煩悶《はんもん》をばかりしておりましてね。はじめは女一の宮の女御さんを力のように思っていましたし、后の宮様も六条院
前へ 次へ
全56ページ中51ページ目


小説の先頭へ
文字数選び直し
与謝野 晶子 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ 登録 ご利用方法 ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング