であろうと姫君はいぶかりながらも、それかぎりであきらめようと書かれてあるのを、真実のことかとも思って、少将の手紙の端のほうへ、

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哀れてふ常ならぬ世の一言もいかなる人に掛くるものぞは

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生死の問題についてだけほのかにその感じもいたします。
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 とだけ書いて、
「こう言ってあげたらどう」
 と姫君が言ったのを、中将の君はそのまま蔵人《くろうど》少将へ送ってやった。
 珍しい獲物のようにこれが非常にうれしかったにつけても、今日が何の日であるかと思うと、また少将の涙はとめどもなく流れた。またすぐに、「恋ひ死なばたが名は立たん」などと恨めしそうなことを書いて、

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生ける世の死には心に任せねば聞かでややまん君が一言

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塚《つか》の上にでも哀れをかけてくださるあなただと思うことができましたら、すぐにも死にたくなるでしょうが。
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 こんなことも二度めの手紙にあるのを読んで、姫君はせねばよい返事をしたのが残念だ、あのまま送ってやったらしいと苦しく思って、もうものも言わなくなった。
 院へ従って行く女房も童女もきれいな人ばかりが選ばれた。儀式は御所へ女御《にょご》の上がる時と変わらないものであった。尚侍はまず女御のほうへ行って話などをした。新女御は夜が更《ふ》けてからお宿直《とのい》に上がって行ったのである。后《きさき》の宮も女御たちも、もう皆長く侍しておられる人たちばかりで、若い人といってはない所へ、花のような美しい新女御が上がったのであるから、院の御寵愛がこれに集まらぬわけはない。たいへんなお覚えであった。上ない御位《みくらい》におわしました当時とは違って、唯人《ただびと》のようにしておいでになる院の御姿は、よりお美しく、より光る御顔と見えた。尚侍が当分娘に添って院にとどまっていることであろうと、院は御期待あそばされたのであるが、早く帰ってしまったのを残念に思召《おぼしめ》し、恨めしくも思召した。
 院は源侍従を始終おそばへお置きになって愛しておいでになるのであって、昔の光源氏が帝《みかど》の御寵児であったころと同じように幸福に見えた。院の中では后の宮のほうへも、女一《にょいち》の宮《みや》の御母女御のほうへもこの人は皆心安く出入りしているのである。新女御にも敬意を表しに行くことをしながら、心のうちでは、失敗した求婚者をどう見ているかと知りたく思っていた。
 ある夕方のしめやかな気のする時に、薫《かおる》の侍従は藤《とう》侍従とつれ立って院のお庭を歩いていたが、新女御の住居《すまい》に近い所の五葉《ごよう》の木に藤《ふじ》が美しくかかって咲いているのを、水のそばの石に、苔《こけ》を敷き物に代えて二人は腰をかけてながめていた。露骨には言わないのであるが、失恋の気持ちをそれとなく薫は友にもらすのであった。

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手にかくるものにしあらば藤の花松よりまさる色を見ましや
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 と言って、花を見上げた薫の様子が身に沁《し》んで気の毒に思われた藤侍従は、自身は無力で友のために尽くすことができなかったということをほのめかして薫をなだめていた。

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紫の色は通へど藤の花心にえこそ任せざりけれ
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 まじめな性質の人であったから深く同情をしていた。薫は失恋にそれほど苦しみもしていなかったが残念ではあった。
 蔵人少将はどうすればよいかも自身でわからぬほど失恋の苦に悩んで、自殺もしかねまじい気色《けしき》に見えた。求婚者だった人の中では目標を二女に移すのもあった。蔵人少将を母夫人への義理で二女の婿にもと思い、かつて尚侍はほのめかしたこともあったが、あの時以後もう少将はこの家を訪《たず》ねることをしなくなった。院へは右大臣家の子息たちが以前から親しくまいっているのであったが、蔵人少将は新女御のまいって以来あまり伺候することがなくて、まれまれに殿上の詰め所へ顔を出してもその人はすぐに逃げるようにして帰った。
 帝は、故人の関白の意志は姫君を入内させることであって、院へ奉ることではなかったのを、遺族のとった処置は腑《ふ》に落ちぬことに思召《おぼしめ》して、中将をお呼びになってお尋ねがあった。
「天機よろしくはありませんでした。ですから世間の人も心の中でまずいことに思うことだと私が申し上げたのに、お母様は、信じるところがおありにでもなるように院参のほうへおきめになったものですから、私らが意見を異にしているようなことは言われなかったのです。ああしたお言葉をお上《かみ》からいただくようでは私の前途も悲観されます」
 中将は不愉快げに母を責める
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